金融における Digital Ledger Technology 第一回
はじめに
金融、特にキャピタルマーケットにおいて DLT(Digital Ledger Technology 分散台帳技術)またはBlockchain技術は、その適用可能性が議論されはじめた2014年頃から着実に浸透してきており、いくつかのプロジェクトにおいては本番稼働に向けた最終的なフェーズに突入しています。日々のニュースにおいても、初期のPoC(Proof of Concept 概念実証)のみならず、より実務的な機能試験や性能確認試験の成功事例が頻繁に報告されるようになってきています。このブログシリーズでは、弊社が特に注目しているニュースを業務分野毎に取り上げそれらを分類していきます。新年度の始めに際して、これらランダムに報じられてきたニュースを振り返り体系的に分類をしてみることは、現在の技術動向を俯瞰的に把握することができるばかりでなく、今後益々増えてくるであろうこうしたニュースの位置付けをより的確に理解するための助けになると考えられます。分類に際しては、マッキンゼーが2015年12月に発表したレポート”Beyond the Hype: Blockchains in Capital Markets”*1において想定したDLT技術浸透に関する4つのフェーズをヒントに、まずはキャピタルマーケット関連のニュースの詳細を追い、その後銀行業等の他の金融セクターについてもその対象を広げていきたいと考えています。
浸透のフェーズ
前述のマッキンゼーのレポートでは、以下の4つの技術浸透フェーズが想定されています。*2
1. Single enterprise adoption across legal entities
一社による部門間での採用
2. Adoption by a small subset of banks as an upgrade to manual processes
少数の金融機関による少トランザクション業務での採用
3. Conversion of inter-dealer settlements
ディーラー間の決済での採用
4. Large-Scale adoption across buyers and sellers in public market
より広範な市場参加者による大規模な採用
これらは、実際のシステム化のフェーズとして挙げられているものですが、同様のステップがPoCや機能実証試験といったシステム化を前提とするテストにも当てはまります。
1. Single enterprise adoption across legal entities
技術の習熟度を上げるために社内において部門/支店間の業務データの受け渡しを分散台帳で置き換えてみるという試みで、社内PoCにあたるフェーズです。フィージビリティの検証と併せて、ベンダーが提供するDLT実装の機能比較やFit/Gap分析等が行われます。
2. Adoption by a small subset of banks as an upgrade to manual processes
少数の参加者によるサンプル業務のDLT化によるPoCのフェーズです。通常手作業で行われているようなトランザクション量の少ない業務、あるいは例外や特殊なケースを省いて単純化された代表的業務が対象となります。さらに多くの場合、実データ量を想定したパフォーマンステストや処理能力の限界を見極めるための負荷テストも併せて行われます。
3. Conversion of inter-dealer settlements
主要ディーラー間の決済業務にDLTを導入し、より実務に即したシナリオを用いて実施される業務機能試験フェーズです。参加者は関連する自社システムとの連携や、DLT上に記録される関連データの過不足等の確認を行うことができます。また自社システムで異なるDLT実装の利用が想定される場合等には相互運用性の確認が行われます。
4. Large-Large-Scale adoption across buyers and sellers in public market
他の市場参加者やサービスベンダー等も参加し、ほぼ本番業務と同等の連携を確認するフェーズです。より多くの参加者が自社システムとの連携確認や各種レポーティング機能、情報系データといったより広範囲な関連業務が置き換え可能であるかの確認を行います。
分類において当該ニュースが上記のどのフェーズにあたるのかを明示することによって、そのテストの位置付けを明確にしていきたいと思います。
技術的チャレンジ
さらにこのレポートでは、執筆時点での初期DLTにおける金融業界への適用にあたっての技術的なチャレンジについても言及されています。*3
これらの点がどのように解決されてきているのかについても併せて見ていくことで、技術の浸透だけでなく技術自体の進化や方向性も把握しやすくなると考えられます。
取引の修正
ご存知のように、Blockchain技術では一旦記録されたトランザクションを直接修正する機能は提供されておらず、無効にするための反対トランザクションと修正した新規のトランザクションを記録する必要があります。実務では避けることのできないこうした修正を効率的に行うための仕組みやデータ管理の方法を予めDLTプラットフォームに組み込んでおく必要があり、そのデザインやルール作りを参加者の合意のもと進める必要があります。
商品の定義
複雑な金融商品を分散された単一の台帳に記録するためには、標準化された商品定義が不可欠ですが、非常に時間のかかるこうした標準化にどのように取り組むのか、新規に開発される金融商品への拡張性も含めて参加者全体での検討が必要になります。
信用取引/代用有価証券/相殺決済
商品/取引とその代価が単純に1対1で紐付かない金融取引を台帳上でどのように扱うかについては、現状DLT実装に大きく依存している部分です。将来的な相互運用性を担保するためにも標準的なルールの策定が求められます。
パフォーマンス
Blockchainでは意図的に組み込まれていた合意形成と分散台帳間での同期にかかる時間をどのように短縮していくかは技術的な課題の中で最大のものであり、現在でも各実装において様々なアルゴリズムや通信プロトコルが提案されています。
第一回の今回は導入として、分類の基準となる4つのフェーズとその中で議論されている技術的なチャレンジについて確認しました。次回はデリバティブ関連システムのPoCのニュースから見ていきたいと思います。
*1:https://www.mckinsey.com/~/media/McKinsey/Industries/Financial%20Services/Our%20Insights/Beyond%20the%20hype%20Blockchains%20in%20capital%20markets/Beyond-the-hype-Blockchains-in-capital-markets.ashx
*2:“Beyond the Hype: Blockchains in Capital Markets” McKinsey Working Papers on Corporate & Investment Banking No.12. P.20
*3:“Beyond the Hype: Blockchains in Capital Markets” P. 12